
先日、
バディプロジェクトで「プルミエール 私たちのお産」の上映お茶会を行った。この映画は世界10カ国のお産をテーマにしたドキュメンタリー映画で、以前から見たかった映画。バディ代表の滝さんから話をもらってすぐ「やろう!」と即答。わざわざスケジュールをあわせてもらったのでした。
この日は20人近くのママたち、子育て支援関係者が集まり、一緒に映画を観て、お昼を食べながらシェアリングをした。ベビマセラピストの仲間も急遽誘い、一緒に観てもらった。
映画ではアメリカ、ロシア、フランス、タンザニア、メキシコ、ベトナム、ニジェール共和国、インド、ブラジル、そして日本。さまざまな女性のさまざまな生き方、さまざまなお産を追っている。日本のお産としては吉村医院がとりあげられている。
何を観て、何を感じて、何を思うかは自由。
イルカとの出産を観て、素晴らしい♪と感じる人もいれば、清潔?と気にする人もいるだろうし、医療介助なしで仲間たちだけで出産を迎えるフリーバースを観て、ステキと思う人もいれば、危険と感じる人もいるだろう。吉村医院のように妊婦が共同生活をし薪割りや壁のぞうきんがけを日課にしているのが日本のほとんどのお産でないことは明らかだから、他の国においてもそれが主流ではないことも頭に置かなければいけない。いい悪いではなく、人間という生き物としての自分の枠や視野が広がるという意味で観るとよい映画だと思う。
お産の際に赤ちゃんのために私たちができることは、不安や緊張をいかに解放していくか、安心してリラックスした状態でお産を迎えられるかということに尽きるのではないか、と私は考えていて、それは生き方にも通じると思っている。不安や緊張が強いと子宮口は開かず、お産も進まず、結果的に難産になる。
その視点から観た場合、医療介助なしで仲間たちだけで出産を迎えるフリーバースは不安を解放することがとても難しいのではないかなと感じた。「どんなことが起きても私の責任」と妊婦がみんなに宣言したとしても、本人や仲間たちの中には安心より不安が湧いてくるように感じ取れたし、みんなが輪になって歌い続ける姿は楽しさよりも必死さを感じた。歌っていないと崩れてしまう、そんなふうに見えて仕方なかった。ただ余分なことを考えないためには歌うというのはよいアイデアだと思った。
あと興味深かったのは、吉村医院の薪割りの話。ちょうど吉村さんで出産された助産師さんが同席されていて、そのお話を聞くことができた。妊婦の薪割りや壁のぞうきんがけはまさに股をわってのスクワット運動となるわけだけれど、それは自分の軸をつくるためでもあるということだった。つまり、軸がぶれていると薪はしっかりわれない。毎日毎日何度も続けているうちに、しっかり地に足付けて踏ん張って自分のセンター(心身の軸)がしっかりできてくると、気持ちよくパーーンと薪が割れるんだそうだ。それがよいお産に繋がるんだそうだ。
昔の人たちはグラウンディングできていたというのは、こうやって生活の中で自然にグラウンディング・センタリングを実践していたわけで、地に足つけて、腰を据え、腹が据わった生き方もできたのだろう。
ただ大地はアスファルトに覆われ、便利な電化製品が身の回りに溢れ、薪割りをする必要も環境も今ないのであれば、今できる形でできることをやればいい。
「いのち」は女性の胎内で育まれ、どんな国でもどんな環境でもどんなスタイルであっても光り輝きながら生まれ出でる。私たちはみなそうやって生まれてきた。あなたも。わたしも。
この日、惜しくも参加できなかった皆さまのために、来年あたり第2回上映お茶会を開催することになりました。またお知らせしますので、ご興味のある方は一緒に観ましょう^^